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広島高等裁判所松江支部 昭和45年(行ス)1号 決定 1970年6月24日

抗告人(申立人) 益田市益田農業協同組合

相手方(被申立人) 島根県地方労働委員会

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

本件抗告の趣旨及び理由は別紙のとおりである。

按ずるに、労働委員会の救済命令に対し使用者が取消訴訟を提起すると共に執行停止の申立をなした場合、右執行停止の申立の取扱いに関して種々の見解の存するところではある。特に労働委員会の申立により受訴裁判所が緊急命令を発した場合、執行停止の申立が認容されることは事実上あり得ないところであろう。しかし、救済命令の取消訴訟に関して行政事件訴訟法第二五条の執行停止の規定の適用を除外すべき法令上の根拠がなく、また緊急命令に対しては抗告が許されていない以上、右行政事件訴訟法の条文に基づいて保護を求めようとする使用者の権利はみだりに害さるべきものではない。従つて、たとい緊急命令が先行する場合であつても、執行停止の申立を受けた裁判所は右緊急命令に拘束されて当然に執行停止申立を却下すべきではなく、行政事件訴訟法の定める執行停止の要件を検討してその当否を判断すべきであり、執行停止の申立を受けた受訴裁判所又はその抗告審において右申立を認容したときは先の緊急命令は以後その効力を停止されたと同様の結果となるか或は労働組合法第二七条第八項後段によつて取消変更を免れないものと解すべきである。されば原審が「緊急命令を発したときは救済命令に対する執行停止は当然に却下を免れない」との理由で抗告人の申立を却下したことは妥当を欠く嫌いがあると云わざるを得ない。

そこで抗告人の申立につき行政事件訴訟法第二五条の執行停止の要件の有無を判断するに、本件記録を精査し全疎明資料を検討するも、抗告人の職員である中島耕二(同人が抗告人の経営に直接関与する管理職の立場にあるとの疎明はない)を原職に復帰させることによつて、ただちに抗告人の金融機関としての信用を失墜させ或いは職員間の不信を招き、抗告人に回復の困難な損害が生ずるものとはたやすく認めることができない。従つて抗告人の執行停止の申立は失当であつて却下を免れない。

よつて原決定は結局その結論において相当であり、本件抗告はその理由がないことに帰するので、民事訴訟法第四一四条第三八四条第九五条第八九条を適用し、主文のとおり決定する。

(裁判官 牛尾守三 後藤文彦 右田堯雄)

(別紙)

抗告の趣旨

原決定を取消す。

相手方が島労委昭和四三年(不)第一号益田市益田農業協同組合不当労働行為事件につき、昭和四四年一二月一九日付にてなした「被申立人益田市益田農業協同組合は、申立人石西地区農協労働組合の執行委員中島耕二に対して行つた昭和四二年七月一七日付の解雇を取り消し、原職に復帰させ、解雇の翌日から原職に復帰するまでの間に同人が受けるはずであつた諸給与相当額を支払わなければならない。」との救済命令中復職命令の執行は、抗告人(原告)相手方(被告)間の松江地方裁判所昭和四五年(行ウ)第一号地方労働委員会の命令取消請求事件の本案判決が確定するまで、これを停止する。

との裁判を求める。

抗告の理由

一、抗告人は、昭和四二年七月一七日、抗告人農協職員中島耕二に対し、就業規則第五七条第二号により同日付で解雇する旨通知した。

ところが、相手方委員会は、右中島耕二の所属する石西地区農協労働組合(代表者執行委員長栗栖重久)の不当労働行為救済の申立に基き、昭和四四年一二月一九日、抗告人による右解雇を不当労働行為であるとして、前記抗告の趣旨記載のごとき救済命令を発せられた。

二、しかしながら、抗告人が前記中島を解雇処分に付した具体的事由は訴状記載のとおりであり、累積的傾向がみとめられ、かつ、その一つ一つの行為は相手方委員会の云われるように軽微なとはいいがたく、とくに、金銭処理についての批難にあたいする行為であつて、信用業務にたずさわる金融機関の職員としては、適格性を欠くものといわねばならない。

解雇事由(1)乃至(4)の件につき、その発生、或は発見当時に厳重訓戒、注意、或は始末書を徴し、将来をいましめ、その反省を求めて処分保留の形をとつていたが、昭和四二年六月、またしも旅行友の会貯金の件が発生し、特にこの件については、一般に金融機関の職員の横領等不正行為の多くが、とかく本件のようなことからはじまり勝ちであつて、農協会員の不信感につながり、それが預金取扱いの機関として耐へられない実情を杞憂したため、抗告人はやむなく解雇したものである。

右の次第で、その解雇は正当であり、不当労働行為に当らない、したがつて右救済命令は抗告人として耐えられない事情にある。

三、右のように、右中島の行為は金銭にまつわる行為の累積をしめし本件のほかにも、昭和三九年二月二六日宿直をしていないのに宿直日誌に宿直した如く記入して、宿直料を受領し、常直者速田マツノに対し擬装工作が行われたこともみとめられる。

抗告人農協としては、本案判決確定に至るまでの給与相当額の支払については、やぶさかではないが、事態の調整をまたず直ちに中島を原職に復帰させることは、農協会員の職員もふくめての心事に農協不信感を惹起する危険が多大である。

四、原決定は、「被申立人の別途緊急命令の申立にもとづいて、申立人に対し、中島耕二を原職に復帰させる内容を包含する救済命令に従うべき旨の緊急命令を発しているのであるから、前記救済命令のうち原職復帰を命ずる部分についての執行停止を求める本件申立は却下のほかはない。」と判示するが、緊急命令自体取消されるべきものと思料する。

五、よつて原決定は失当であるから、抗告の趣旨記載の裁判を求めるため本抗告に及んだ次第である。

なお、抗告の理由については更に準備書面を提出する用意がある。

原審決定の主文および理由

主文

本件申立てを却下する。

申立費用は申立人の負担とする。

理由

一、申立の趣旨および理由

別紙(二)記載のとおり

二、被申立人の意見

別紙(三)記載のとおり

三、当裁判所の判断

裁判所が、使用者から救済命令の執行停止を求められ、他方において労働委員会から右命令に関し緊急命令の申立を受け、両事件を審理した結果、労働委員会の申立を容れて緊急命令を発したときは、救済命令に対する執行停止は当然に却下を免れないところ、当裁判所は、被申立人の別途緊急命令の申立(当庁昭和四五年(行ク)第三号事件)にもとづいて、申立人に対し、中島耕二を原職に復帰させる内容を包含する救済命令に従うべき旨の緊急命令を発しているのであるから、前記救済命令のうち原職復帰を命ずる部分についての執行停止を求める本件申立は却下のほかなく、申立費用の負担については民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり決定する。

別紙(一)省略

別紙(二)

申立の趣旨

被申立人が、島労委昭和四三年(不)第一号益田農業協同組合不当労働行為事件につき、昭和四四年一二月一九日付にてなした「被申立人益田市益田農業協同組合は、申立人石西地区農協労働組合の執行委員中島耕二に対して行つた昭和四二年七月一七日付の解雇を取り消し、原職に復帰させ、解雇の翌日から原職に復帰するまでの間に同人が受けるはずであつた諸給与相当額を支払わなければならない。」との救済命令中復職命令の執行は、申立人(原告)被申立人(被告)間の松江地方裁判所昭和四五年(行ウ)第一号地方労働委員会の命令取消請求事件の本案判決が確定するまで、これを停止する。

との決定を求める。

申立の理由

一、申立人は、昭和四二年七月一七日、申立人農協職員中島耕二に対し、就業規則第五七条第二号により同日付で解雇する旨通知した。

ところが、被申立人は、右中島耕二の所属する石西地区農協労働組合(代表者執行委員長栗栖重久)の不当労働行為救済の申立に基き、昭和四四年一二月一九日、申立人による右解雇を不当労働行為であるとして、前記申立の趣旨記載のごとき救済命令を発せられた。

二、しかしながら、申立人が前記中島を解雇処分に付した具体的事由は訴状記載のとおりであり、累積的傾向がみとめられ、かつ、その一つ一つの行為は被申立人の云われるように軽微なとはいいがたく、とくに、金銭処理についての批難にあたいする行為であつて、信用業務にたずさわる金融機関の職員としては、適格性を欠くものといわねばならない。

解雇事由(1)乃至(4)の件につき、その発生、或は発見当時に厳重訓戒、注意、或は始末書を徴し、将来をいましめ、その反省を求めて処分保留の形をとつていたが、昭和四二年六月、またしても旅行友の会貯金の件が発生し、特にこの件については、一般に金融機関の職員の横領等不正行為の多くが、とかく本件のようなことからはじまり勝ちであつて、農協会員の不信感につながり、それが預金取扱いの機関として耐えられない実情を杞憂したため、申立人はやむなく解雇したものである。

右の次第で、その解雇は正当であり、不当労働行為に当らない、したがつて右救済命令は申立人として耐えられない事情にある。

三、右のように、右中島の行為は金銭にまつわる行為の累積をしめし本件のほかにも、昭和三九年二月二六日宿直をしていないのに宿直日誌に宿直した如く記入して宿直料を受領し、常直者速田マツノに対し擬装が行われたこともみとめられる。

申立人としては、本案判決確定に至るまでの給与相当額の支払については、やぶさかではないが、事態の調整をまたず直ちに中島を原職に復帰させることは、農協会員の職員もふくめての心事に農協不信感を惹起する危険が多大である。

以上の次第で本件救済命令のうち原職復帰命令の執行が停止されることを切望する次第である。

よつて、本申立に及んだ。

別紙(三)

趣  旨

右申立人から昭和四十三年島労委(不)第一号益田農協不当労働行為救済申立事件につき、被申立人が発した命令の執行停止を求める申立は、その理由がないから却下の決定をされたい。

理由

一、法律上の理由

労働委員会の行なう不当労働行為救済命令は、行政処分とは云つても一般の行政機関の処分とはその性質を異にする。すなわち、労働委員会の命令は、労働委員会が労働組合法にもとづいて、利害相対立する当事者を直接関与させ、争訟の形で十分に主張、立証の機会を与え、事実を明らかにした上で決定されるいわば準司法的な審理の成果であつて、一般のそれのように、公権力の行使に当たる行政庁が国民に対して優越的な地位において一方的に対立し、直接その権利義務に変動を与える積極的な関係とは別異のものである。

もともと、労働委員会の発する救済命令は、迅速な手続によつて団結権の侵害をすみやかに排除し、労働者の保護を図ろうとするものであつて、このことはたとえ命令の取り消しについて現に本案訴訟が継続中であつても、その間労働委員会による緊急申立によつてなお原状回復をはからせようとの意図がある。

したがつて、かかる観点からみても、行政事件訴訟法第二十五条の規定による処分の執行停止は、労働委員会の発する不当労働行為の救済命令にはなじまないものであるが、仮にその適用があるにしても、他の行政処分と異なり、その解釈、適用はより狭義に、厳格に解釈されるべきものと考える。

二、事実上の理由

(1) 申立人は、回復することのできない損害として被解雇者中島耕二が職場に復帰すれば、農協組合員および在職する職員の間に不信感を生ずる危険があるというのであるが、何ら具体性もなければ必然性もなく、回復することのできない損害を考えることはできない。まして労働委員会の命令の執行を停止してまで保護しなければならない緊急性も認められない。

(2) 本件については、被申立人は労働委員会規則第四十七条の規定により命令の実行を求める緊急命令の申立を御庁へ昭和四十三年二月十三日提起しているが、本件執行停止の申立案件は、右緊急命令申立事件と事実上表裏をなすものであつて、右緊急命令申立の理由およびその疎明資料(命令書)によつてみてもうかがい知ることを得るように、申立人提起にかかる本案取消訴訟には何ら理由がないものである。

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